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金沢地方裁判所 昭和37年(ワ)306号 判決 1964年6月30日

原告 田中豊吉

被告 道上吉野里

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

「被告は原告に対し金七八、六二三円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日より右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言

二、被告

主文同旨の判決

第二、原告の請求原因

一、石川県鳳至郡柳田村大字当目六三字山林三九の一、一町五反四畝三歩(以下単に本件山林三九の一と称する。)は原告外二四名の共有に属し、原告はそれにつき二五分の一の持分権を有しているが、現実にはその一部に該当する別紙見取図中の<Α>地域(以下単に<Α>地域と称する。)を占有管理している。

二、<Α>地域は原告所有の石川県鳳至郡柳田村字当目五七の二七四番の二、原野二二坪に接続している俗に蔭打と称される低地で樹令五〇年位の杉等が植林されていた。

三、原告の父訴外亡田中辰次郎は昭和二年一二月一六日本件山林三九の一の持分権を当時の持分権者訴外亡宮口武基から売買に因り取得し、更に原告は右訴外亡田中辰次郎から相続に因り承継取得したものである。

四、しかるに被告は昭和三七年七月一四日頃<А>地域に立入り、原告に無断で擅に<А>地域に生立する杉一〇本及び档二四本(但し該立木は原告の単独所有に属する。)を伐採し、之を売却処分し、よつて原告に対し金七八、六二三円相当の損害を与えた。

五、原告の蒙つた右損害は、被告の右不法行為に因るものであるから被告は原告に対し、これが損害賠償として金七八、六二三円およびこれに対する右不法行為後である本訴状送達の日の翌日から右完済に至るまで民法所定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があること明かで原告は右義務の履行を求めるため本訴請求に及ぶ。

第三、被告の答弁

一、原告の請求原因一中、本件山林三九の一が共有地であることは認めるが(但し共有者は訴外向峠藤助外二五名であつて原告は共有者ではない。)、その余の事実は否認する。

二、同二、三の各事実は不知。

三、同四の事実中被告が原告主張の日時に<А>地域でその主張のごとき杉及びを伐採し、これを売却処分したことは認めるが、その余の事実は否認する。被告が、右伐採した杉及び档の木の生立して居た地域は、被告所有の石川県鳳至郡柳田村当目六三字四八番山林一町四反歩(以下単に本件山林四八番と称する。)内の土地である。

第四、被告の主張

一、本件山林三九の一は俗に蔭打と称され山村では耕地に接続する山林の樹木が繁茂する場合は耕地に対する日照時間が不足し、作物に害を与えるため耕作に害を興える範囲内に蔭打に生立する樹木を伐採することを認める慣行が存するのである。従つて共有者の蔭打に対する支配権は耕作の必要上樹木を伐採する限度においてのみ容認され、共有権自体を処分する場合は、共有者全員の同意を必要とし、共有者各人の単独処分は許されないのである。してみると、仮に<Α>地域が本件山林三九の一の一部に属し、訴外亡宮口武基が訴外亡田中辰次郎に対し蔭打である本件山林三九の一の持分権を売却処分したとしても、該売買は無効であり、原告は訴外亡田中辰次郎から右持分権を承継取得する謂れはなく、本件山林三九の一について無権利者である。

二、仮に右売買が有効であるとしても、訴外田中辰次郎及び原告はその登記を経由して居ないから、右持分権を以つて被告に対抗出来ないのである。

第五、被告の主張に対する原告の反駁

本件山林三九の一は登記簿上共有地であるけれども、各共有者の有する持分権の処分については共有者全員の承諾を要しない約束が存する。

第六、証拠<省略>

理由

一、原告が石川県鳳至郡柳田村字当目五七の二七四番の二、原野二二坪を所有すること、被告が本件山林四八番を所有すること、右原野と山林との間に俗に蔭打と称される共有地である本件山林三九の一が介在し、その北西方において本件山林四八番とその南東方において右原野と相隣接していること、原告が本件山林三九の一内であると主張し、被告が本件山林四八番内であると主張する<Α>地域で、被告が杉一〇本及び档二四本を伐採したことは当事者間に争がない。

二、ところで本件山林三九の一について原告が持分権を有しているかどうかは暫く措き<Α>地域が原告主張のように本件山林三九の一に属するのか、それとも被告の抗争するように、同人所有に係る本件山林四八番に属するかについて判断する。

証人谷口達森(第一、二回)、同修田勝正の各証言並びに原告本人尋問の結果中、右主張に副う部分は後顕各証拠に照らし直ちに信用することができないし、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第二号証も原告の主張事実を肯認するに足りる資料としては未だ不充分であり、その他後段の認定を覆し右原告の主張する事実を肯認するに足りる的確な証拠がない。却つて被告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第一号証、証人棚田幸一、同谷口光{日立}、同森川栄太郎、同鈴木菊松、同向峠政法の各証言、被告本人尋問の結果、検証の結果を総合すれば<Α>地域は、被告所有の本件山林四八番の一部であると認められる。従つて<Α>地域が本件山林三九の一であることを前提とする原告の本訴請求はその余の争点について判断する迄もなく失当である。

尤も蔭打というのは山間部の耕地が山林の樹木の蔭になつて農作物の成長が妨げられることを防ぐために耕地の所有者に対し、一定の範囲にわたつて耕地に接続する山林の樹木の刈取を許す慣習であり、奥能登地方にもかかる慣習の存することは当裁判所に顕著な事実であるが、かかる慣行は地役権に類似する一種の慣習法的物権であるからその法的関係については民法第二八〇条乃至第二九四条を準用規整するのが相当であると解する。

本件につきこれをみると成立に争いのない乙第二号証の四によれば、いわば要役地ともいうべき石川県鳳至郡柳田村字当目五七の二七四番の二原野二二歩(大正八年一月二八日地目が田から原野に変換されている。)の所有権は大正一五年四月一四日売買に因り、訴外亡宮口武基より訴外谷口住太郎に移転したことが認められ従つて民法第二八一条の趣旨より右土地のために存する蔭打の権利も訴外亡宮口武基より訴外谷口住太郎に移転したものというべきである。そして仮に訴外亡田中辰次郎が昭和二年一二月一六日訴外亡宮口武基より右土地のために存する蔭打の権利のみにつき売買契約をしたとしても蔭打の権利は要役地の権利と共に譲渡しなければその効力を生じないものと解するのが相当であるから(民法第二八一条第二項参照。)、該契約は無効というべきである。以上のごとく訴外田中辰次郎は原告主張の売買契約によつては訴外亡宮口武基より蔭打の権利を取得するに由なく、従つてこの点からも原告の請求は失当であること明らかである。

以上何れの点からも原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 木村幸男)

別紙 見取図<省略>

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